第20回GSC賞経済産業大臣賞受賞
洗浄の未来を見据える
~サステナブル界面活性剤バイオIOSの開発
花王株式会社
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第20回GSC賞経済産業大臣賞は花王株式会社の「サステナブル界面活性剤バイオIOSの開発」が受賞しました。花王は、液体洗剤には使われてこなかった植物油脂から界面活性剤を製造する技術を確立し、衣料用濃縮液体洗剤に応用しました。
この製品は、持続可能な原料を用いただけでなく、高い洗浄機能をもち、環境負荷の大幅な低減を実現しています。
受賞企業のプロフィール
花王株式会社は、1887年に創業した化学メーカー(本社は東京都中央区)です。家庭用や業務用の洗剤、トイレタリー用品、化粧品、食品を製造しており、洗剤、トイレタリー用品では国内首位、化粧品は2位(子会社含め)のシェアを占めています。
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか。
私たちの身の回りには、衣類用や食器用などさまざまな洗剤があります。洗剤の主成分である界面活性剤は、水と油の両方になじむ性質(両親媒性)をもっており、水と油の境目である界面に作用する「界面活性」で汚れを落とします。
界面活性剤は、古くは動物や植物の油脂を原料につくられましたが、石油化学の発達に伴いさまざまな石油由来の界面活性剤が開発されてきました。しかし、石油資源には限りがあり、環境負荷も大きいことから、原料の油脂は再生可能な植物由来のものへと転換が進んでいます。ただ、植物由来の原料といっても実際に使える種類は限られ、植物油脂全体のごくわずかな部分にすぎません。
今、世界の人口は増え続け、2050年には97億人に達すると予測されています。経済成長する国も増え、生活が豊かになれば、洗剤の需要もますます増大すると考えられます。需要が増えれば、原料の植物油脂の生産量を増やす必要があります。
植物油脂原料のアブラヤシは、インドネシアやマレーシアなど東南アジアで多く栽培されています。これらの国々では、湿地を開墾し、森林を伐採して、アブラヤシの農園を拡大してきました。
その結果、インドネシアなどの国々の森林は減少し続けており、森林伐採や森林破壊が進めば、それが気候変動や生物多様性の損失などに関わります。
EUは、2023年に「欧州森林破壊防止規則(EUDR)」を公表しました。2025年12月30日から、EUで流通する、牛、カカオ、コーヒー、パーム油、ゴム、大豆、木材の7品目とその関連製品に対し、生産過程で森林破壊を引き起こしていないことの確認を企業に義務づける予定です。このような状況から、今後パーム核油(界面活性剤の原料となるアブラヤシの種子の油)やヤシ油の大幅な増産は困難になると考えられています。
このままでは油脂原料が不足し、界面活性剤が製造できなくなるかもしれません。そうなれば、今のように当たり前に洗濯ができなくなります。そんな将来の洗浄に対する危機感から、花王は新たな植物由来の油脂原料の開発をめざしました。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、どのような解決方法をあみ出したのでしょうか
ラウリン系油脂からオレイン系油脂へ
界面活性剤の主な原料はアブラヤシの種子からとれるパーム核油やココナッツからとれるヤシ油で、植物油脂の全生産量のわずか5%ほどしかありません。パーム核油やヤシ油は炭素数12または14の脂肪酸トリグリセリドを多く含むので、ラウリン系油脂と呼ばれます。一方、残りの95%を占める植物油脂は、炭素数16または18の脂肪酸トリグリセリドを多く含むのでオレイン系油脂と呼ばれます。
世界の植物油脂生産量の割合
植物油脂は分解されて、脂肪酸、さらに脂肪酸から高級アルコールが得られますが、界面活性剤は、この脂肪酸または高級アルコールを原料につくられます。界面活性剤は水になじみやすい親水基と油になじみやすい疎水基(親油基)をもつ分子で、脂肪酸や高級アルコールは疎水基になります。疎水基は炭素数が多くなるほど(炭化水素鎖が長くなるほど)油になじみやすくなり、界面活性の機能は向上するものの、水には溶けにくくなります。ラウリン系油脂からつくられる界面活性剤の疎水基は界面活性剤に適した長さですが、オレイン系油脂からつくる疎水基は長くなり、水に溶けにくいことから界面活性剤の原料としては不向きでした。そして、水溶性と界面活性はトレードオフの機能で高いレベルで両立させることは難しいと考えられてきました。
炭素数と水溶性の関係
それにもかかわらず、花王は将来を見据え、これまで原料として使われてこなかったオレイン系油脂に着目しました。パーム油の約半分を占める液体部分(主としてオレイン酸含有トリグリセリド)は食用とし、残りの固体部分を活用することにしました。安定供給が可能で、食用とも競合の少ない持続可能な原料から界面活性剤をつくろうとしたのです。
界面活性と水溶性が両立する分子構造
従来の界面活性剤は、炭化水素鎖の末端に親水基をもっています。一方、オレイン系油脂から界面活性剤をつくると、親水基が末端にあるため、疎水基の炭化水素鎖は長く、水溶性は低いままです。そこで、親水基の位置を末端ではなく、炭化水素鎖の内部に移動させて分子構造を変えることにしました。
長年の研究の末、開発された製法は次の通りです。まず植物油脂から高級アルコールをつくります。それを反応させて炭化水素鎖の中に二重結合をもつアルケン(内部オレフィン)にし、界面活性剤の前駆体にします。これをスルホン化や中和などの化学反応を利用して界面活性剤(内部オレフィンスルホネート)を合成します。疎水基は植物由来の炭化水素鎖で、スルホン化により親水基ができます。この方法によってできる界面活性剤は「内部オレフィンスルホネート(IOS)」と呼ばれるもので、アニオン界面活性剤に分類されます
従来の界面活性剤とバイオIOSの構造の比較
赤と黄色は水となじむ部分、白は油となじむ部分で、バイオIOSは油となじむ部分が枝分かれしている。
バイオIOSは従来の界面活性剤と異なり、炭化水素鎖の中間部に親水基を持つ、ユニークな構造をしています。疎水基の中間部に親水基を導入することにより、分子が折れ曲がり構造になります。折れ曲がることでヘアピンのような構造になり、疎水基が炭素数12と4の炭化水素鎖に分かれました。長いほうの鎖がちょうどこれまでの界面活性剤の疎水基と同じような役割をするのです。この構造によって、通常は溶けにくい長い炭化水素鎖を持ちながら、水への高い溶解性が実現しました。
バイオIOSはほかの界面活性剤に比べて水によく溶けるばかりでなく、少量でも高い界面活性を持つことが示されました(図4)。
界面物性の比較(花王提供)
各炭素数の油脂から合成した界面活性剤の物性を比較した図。
ASはアルキル硫酸エステル塩、AESはポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩で、どちらもよく使われる界面活性剤である。炭化水素鎖が長くなるにつれて、水溶性が悪くなるが、界面活性は高くなることがわかる。
バイオIOSは長い炭化水素鎖でありながら水に溶けやすく、高い界面活性を示した。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
バイオIOSが開発され、これまで用途が限られていたアブラヤシの果実からとった固体油脂を有効に活用できるようになりました。2019年にバイオIOSは衣料用濃縮洗剤「アタックZERO」に配合されました。
花王は2009年に濃縮タイプの液体洗剤(アタックNeo)の開発に成功しました。すすぎ1回を通じて消費者とともに環境負荷を低減する新たな洗濯スタイルを提案し、第12回GSC賞経済産業大臣賞を受賞しました。
この製品に配合された界面活性剤は、パーム核油(アブラヤシの種子の油)を原料にしたものでしたが、バイオIOSの原料はパーム油(これまで原料に使えなかったアブラヤシ果肉の油)になり、かつバイオIOSは少量でも高い洗浄力があるので界面活性剤の使用量を低減することができました。これによりアタックZEROでは、アブラヤシ果実の使用量は半分ですむようになりました。
また、原料調達、製造、廃棄までのライフサイクルアセスメント(LCA)を行うと、二酸化炭素排出量が従来品に比べて約2/3に削減できるなど、環境負荷が大幅に低減しました。
LCA(ライフサイクルアセスメント)による従来品との比較(花王提供)
算出条件:原材料調達、生産、廃巣の段階を対象(輸送、使用段階は対象外)
環境負荷の原単位データはMiLCAv2より採用
※2019年4月発売時
基礎研究から始まったバイオIOSの開発は、実用化までに10年以上かかり、大勢の社員が携わった大きなプロジェクトでした。製品の実現までたどり着くことができたのは、研究開発部門や生産技術部門などの多くの社員の努力や協力があったからです。
バイオIOSは、ボディソープなどにも使われるようになりました。より多くの人に使ってもらいたいと、海外への展開も始まっています。ヨーロッパなどの硬水地域や寒冷地では、洗剤が溶けにくいのでお湯を利用することが一般的ですが、バイオIOSは、低温の水や硬水にもよく溶けるので、お湯にするためのエネルギーを節約できるという利点もあります。
アメリカで界面活性剤に含まれるジオキサンが規制されるなど、世界ではいろいろな物質の規制が進んでいます。そんな状況の中、植物油脂由来のバイオIOSの意義はますます高まっています。いつまでもより良い洗浄ができる未来をめざして、次のステップにつなげたいと、バイオIOSの基礎研究も続けられています。界面活性剤は、洗浄剤以外にも塗料やコンクリート薬剤などさまざまな用途に使われています。バイオIOSの用途を広げることは、持続可能な社会の実現に貢献しているのです。
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