GSC入門No.1
第12回GSC賞経済産業大臣賞受賞
サステイナブル社会を先駆けた
新しいお洗濯提案
花王株式会社

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第12回GSC賞経済産業大臣賞(2012 年度)を受賞した花王株式会社の「サステイナブル社会を先駆けた新しいお洗濯提案」の特徴は、洗剤の開発にLCA(ライフサイクルアセスメント)を取り入れ、洗濯のすすぎを1回にすることで、消費者とともに洗濯に関わる環境負荷を低減しようと提案したことにあります。環境性、社会性、経済合理性を同時に満足させるイノベーションがどのように生まれたのでしょうか。
受賞企業のプロフィール
花王株式会社は、1887年に創業した化学メーカー(本社は東京都中央区)です。家庭用や業務用の洗剤、トイレタリー用品、化粧品、食品を製造しており、洗剤、トイレタリーでは国内首位、化粧品は2位(子会社含め)のシェアを占めています。
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか
1950年代に電気洗濯機が普及すると、洗濯用の合成洗剤が使われるようになりました。それまでは、固形石鹸を使い衣類を手洗いしていましたが、汚れをよく落とし、使い勝手のいい合成洗剤は、洗濯機とともに洗濯にかかる労力を激減させ、急速に広まりました。しかし、1960~70年代は、洗剤を含んだ排水により河川や湖の水が泡立つ問題や、洗剤に含まれるリンによる富栄養化など洗剤による環境問題が起こりました。このような問題を解決するために、研究が行われ、生分解しやすい洗剤やリンを含まない無リン洗剤などが生まれています。1990年代になると、地球環境問題が叫ばれるようになり、資源やエネルギーなど多くの視点から環境にさらに配慮した製品が求められるようになりました。各メーカーは、快適な生活や利便性の向上に貢献するだけでなく、持続可能な社会をめざす製品づくりに取り組んでいます。
花王株式会社は、他社に先駆けて、詰め替え用製品の開発に着手するなど、早くから環境負荷の低い製品づくりを行ってきました。1980年代後半には、より少ない量の洗剤で洗濯できるコンパクト衣料用粉末洗剤、2000 年に入り、次の製品の開発にあたっては、液体洗剤をコンパクト化するというコンセプトがありました。コンパクト化は、包装材料や輸送エネルギーの削減など、経済的にメリットがあり、環境負荷の低減にもつながります。しかし、社内では、コンパクト化にとどまらず、広い視野からの環境価値を製品にどう加えるかが議論されました。
そこで、製品だけではなく、洗濯の過程や廃棄まで、洗濯全体を見渡すことで、新たな価値を探そうと、LCA(ライフサイクルアセスメント)をとりいれました。LCAとは、原材料の調達から、設計・製造、輸送、使用、廃棄まで製品のライフサイクルを通じて環境への負荷を評価することです。その結果、わかったことは、製造から廃棄までの製品に関する部分と洗濯をするという洗剤の使用に関する部分の環境負荷はほぼ同等であるということでした。そして、洗剤の使用に関する部分の二酸化炭素の排出量の65%は洗濯するときに使う水によるものだったのです。
衣料用洗剤の製造から廃棄までのライフサイクルCO2排出量
2009年6月花王調べ。ISO14040シリーズに基づきLCA(ライフサイクルアセスメント)の手法を用いて算出
全自動縦型洗たく機(容量8kg)、衣類量:4kg、水量設定:47L、すすぎ2回設定時(水量計130L、電力計67kW)
日本は雨が多く水資源が豊かな国だと思われていますが、資源には限りがあります。傾斜地や短い川の多い日本では、雨水はすぐに海に流出してしまうため、利用されない水の量は多いのです。さらに、浄水場から家庭へ、あるいは家庭から下水へと水を送るためにはたくさんのエネルギーを使っています。洗濯に使う水の量を減らすことができれば、環境負荷の低減につながりますが、これまで、洗濯に使う水の量まで踏み込んだ製品はありませんでした。
同社はすすぎの水を減らすことのできる製品の開発に取り組みました。1回のすすぎに使う水の量を減らすだけでは、洗濯機が回らなくなってしまいます。そこで、すすぎ1回に使う水の量はそのままに、すすぎの回数を従来の2回から1回に減らすことにしました。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、解決方法をあみ出したのでしょうか
液体洗剤をコンパクト化するためには、液体洗剤を濃縮することが必要です。すすぎを1 回に減らすためには、衣類に残った洗剤をすばやく洗い流す技術が必要ですが、洗浄力を落とすわけにはいきません。そこで、開発チームは洗浄力を保持しつつ、超濃縮、高すすぎ性を同時に実現する技術の開発に挑みました。
まず超濃縮については、液体洗剤の半分以上を占める水分を減らせば可能です。しかし、単純に水分を減らすと、洗剤は固まり、水に溶けにくくなってしまいます。ここに二律背反の技術課題が生じます。
洗浄成分である界面活性剤は、水になじみやすい親水基と水になじみにくい親油基からなる分子でできています。液体洗剤で使われている界面活性剤は、水分を減らすと分子が同じ方向を向いて積み重なり、層構造になってしまうことがわかりました。そのため、親水基が水に触れる部分が少なくなり、溶けにくくなってしまうのです。
そこで濃縮しても固まらない界面活性剤を求めて、界面活性剤の性質を示す相図の原理などを参考に、あらゆる界面活性剤を調べて、ついに適したものをみつけました。衣料用の洗剤ではあまり注目されていないものでしたが、改良すれば、目的の性質にかなうことがわかりました。開発チームは、界面活性剤が層構造をとらないように分子の中の親水基の部分を大きくして、より水に混じりやすくするとともに、親水基の形を少しだけ変えて、分子が水中で凝集しないようにしました。このようにして作られた親水性の高い界面活性剤をベースに従来使われていた界面活性剤を組み合わせることで、少ない水でも水に溶けた状態を維持することができ、これまで1kgあった液体洗剤を400gまで濃縮することに成功しました。
新活性成分「アクアWライザー」
すすぎ力を高めるためには、衣類の繊維に残りにくい親水性の高い界面活性剤が適しています。一方、洗浄力を向上させるためには、皮脂などの衣類の汚れとよくなじむ、親油性の高い界面活性剤の方が向いています。ここに第2の二律背反の技術課題が生じました。この課題を解決するために、親水性の高い界面性活性剤と従来の汚れ落ちのよい界面活性剤を組み合わせたことで、より大きな効力を発揮しました。
この2種類の界面活性剤を組み合わせると、界面活性剤の分子の運動性が増し、素早く布の汚れに向かっていきます。汚れを包み、球状のミセルをつくると、親水性が高いので、あっという間に布から離れていきました。開発した界面活性剤は、高い洗浄力を持ちつつ、高すすぎ性も兼ね備えたのです。さらに、洗浄効果もすすぎの効果のどちらも従来の洗剤と変わらないことを実証試験によって確認しました。こうしてまったく新しいタイプの洗剤が誕生したのです。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
2009年にこの製品は「アタックNeo」として発売されました。世界で初めて液体洗剤の濃縮に成功し、製品をコンパクトにしたことで、包装容器や輸送コストの削減を液体洗剤で実現。少ない量で高い洗浄力を発揮するので、洗剤の使用量も少なくなり、環境に対する排水の影響も小さくすることができます。
そして、消費者を驚かせたのは「すすぎ1回」という提案でした。これまで、日本人の洗濯の常識はすすぎが2回で、洗濯機もそのように設計されています。同社は各メーカーの洗濯機について検討し、洗濯機をどう操作すればすすぎを1回にできるかまで提案しました。
はじめは洗濯機の操作に戸惑った消費者も多かったようですが、今では、すっかり受け入れられ、洗濯機にもすすぎ1回ボタンが装備されるようになりました。また、すすぎが1回になったおかげで、洗濯にかかる時間が短くなり、時間に余裕ができるという新たな価値も加わりました。
この技術で環境に対する負荷も変化しました。すすぎの回数が1回になると、ドラム式洗濯機を使う標準的な家庭で、水の使用量、電気の使用量をともに22%減らすことができます。ふたたびLCAを行ったところ、この製品のCO2の排出量削減効果は、製品に関する部分で21%、家庭で使用する部分で22%、トータルで21%とされました。
アタック Neo による環境負荷低減効果(LCA視点)
※2009年6月花王調べ。全自動縦型洗たく機(容量8kg)、衣類量:4kg、水量設定:47L、すすぎ2回設定時(水量計130L、電力計 67kW)、すすぎ1回設定時(水量計102L、電力計52kW)
2011 年花王調べ Neo シリーズ;在来型(アタックバイオジェル)使用時との比較、2011年売り上げベースの概算値
こうして、このGSC賞受賞技術は、製品のみではなく、消費者とともに環境負荷を低減するという、新しい概念を生み出しました。私たち消費者にも、水や環境について考え、行動する機会を与えてくれました。
同社においては、さらに洗浄力を向上させ、時間を短縮させるための技術の改良や、原材料を再生可能なものに変えるという努力をしています。持続可能な社会をめざして、技術はますます進歩しています。

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