GSC入門No.10
第23回GSC賞経済産業大臣賞、環境大臣賞受賞
二酸化炭素を「見える化」
~化学製品のカーボンフットプリント算定ツールの開発
住友化学株式会社

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第23回GSC賞経済産業大臣賞・環境大臣賞は、住友化学の「化学製品のカーボンフットプリント算定ツールの開発と普及」が受賞しました。住友化学は、素材産業に求められる原料の採掘から製造して出荷するまでの“Cradle to Gate”と呼ばれる範囲の温室効果ガス排出量を可視化した「製品カーボンフットプリント(CFP)を算定するシステム」を開発し、他社に無償提供しています。各製品のCFPがわかれば、生産プロセスの改善など温室効果ガスの排出削減に向けて取り組むことができるのです。
受賞企業のプロフィール
住友化学株式会社は、1913年に創業した化学メーカー(本社:東京都中央区)です。合成樹脂や合成繊維原料から無機材料や電池部材、光学機能性フィルム・半導体材料、農薬や飼料添加物など幅広い化学製品を製造・販売しています。家庭用や園芸用の殺虫剤の原料は世界で高い市場シェアを維持しています。
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか。
化学産業は、化学反応を用いて化学製品を製造し、それを自動車、電気電子機器、住宅、加工食品などさまざまな産業に素材として供給します。一方、二酸化炭素排出量は、産業分野では鉄鋼に次いで多く、地球温暖化を深刻にする一因にもなっています。そのため、化学産業においても環境負荷低減への取り組みとともに製品やサービスの環境影響を評価することが重要になっています。
環境影響評価の方法としてはライフサイクルアセスメント(LCA)があげられますが、LCAはライフサイクル全体の環境負荷を総合的に評価しなくてはならず、また評価項目が多いので膨大なデータを集めなくてはなりません。一方で近年、温室効果ガスが気候変動に与える影響の重大性への理解と関心の高まりから、温室効果ガスのみを評価の対象にした製品カーボンフットプリント(CFP)に取り組む動きが広がっています。
CFPとは、ある製品やサービスについて、ライフサイクルを通じて排出される温室効果ガスの量を二酸化炭素の量に換算して示したものです。これは「牛肉」のようなようなものにも適用でき、この場合は、「繁殖」「育成」「肥育」「出荷」「輸送」「販売」といった工程ごとに評価して、全体を数値化することができます。ある計算では、牛肉 206、豚肉 41、鶏肉 25(1gの可食タンパク質あたり)となり、排出される温室効果ガス(二酸化炭素換算g単位)と比較することもできるようになります。牛肉の数値が大きいのは反すうの際に排出されるメタンガスの量が多いことも大きな要因のひとつです。化学産業のような企業では、二酸化炭素排出量を可視化するためにも有用で、どのプロセスでの二酸化炭素排出量が多いかを特定することができ、環境負荷低減対策への検討に役立ちます。
欧米では、自社製品に使う部品や材料を調達する取引先企業にCFPを要求することが増えています。例えば欧州の炭素国境調整メカニズム(CBAM)により、2023年10月からは鉄鋼、アルミニウム、肥料、セメントなど一部の製品について、EUに製品を輸出する企業にはCFPを報告する義務が課され、2026~2027年にはCFPに応じた課税額が徴収される予定です。また、その対象製品も今後拡大される見込みです。そのため、海外企業と取引をする企業にとってCFPはますます重要になっています。
また、企業が自社の活動に伴う組織全体の温暖化ガス排出量の算定を行う取り組みが盛んに行われるようになり、その一環として「購入した製品とサービス」からの温室効果ガスの排出量として、自社が購入した品目のCFPの算定をサプライヤーに要求する例も増えています。
化学製品をつくる住友化学でも、顧客から急速にCFPについての問い合わせが増えていました。素材を提供する化学企業は製品のライフサイクルにおいて上流に位置し、顧客企業や最終製品のメーカー企業にとってそのCFPが必要だからです。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、どのような解決方法をあみ出したのでしょうか
どうやってCFPを算定するか
どうやってCFPを算定するのか、その流れを見てみましょう。まず、CFPの目的や活用方法に合わせて算定方法を決めます。参照するルールには国際基準や経済産業省のCFPガイドラインのような行政の指針がありますが、製品やサービスの分野によってはそれでは不十分な場合があり、企業が独自に算定方法を検討しなければならないこともあります。
次に、算定範囲、つまり製品のライフサイクルにおいてどこまでCFPを算定するのかを決めます。算定範囲は、製品のライフサイクルの原料調達から廃棄まで(最初から最後まで)、ライフサイクルの原料調達から生産まで(部品や素材などの中間材まで)があります。
CFPの算定方法
化学製品は、消費者の手に直接届くものではなく工業製品の原料として使われることが多く、この場合、原料調達から出荷までの範囲でCFPを求めて、下流の企業に伝えることが一般的です。
続いて、ライフサイクルの各工程の温室効果ガス排出量を二酸化炭素排出量に換算して、環境負荷を定量的に算定します。そして最後に、CFPの信頼性を担保するために、結果が適切に算定されたかどうかを内部または第三者により検証します。
化学製品のCFP算定の難しさ
化学産業では、石油や天然ガス、石炭など自然界にある粗原料をもとに、合成樹脂、繊維、ゴム、塗料、接着剤、化粧品、無機材料や電池部材、光学機能性フィルム、半導体材料、農薬や飼料添加物など幅広い製品を生産します。原料から目的の製品を得るために、一連の化学反応と分離精製を行いますが、化学製品の製造プロセスは、非常に複雑で、工場内の上流の製品が下流の製品の原料になったり、下流の製品が上流の製品の原料になったりします。また、化学反応で生じる副生成物は廃棄されることもあれば、有用物として利用されることもあります。
化学製品の流れ(住友化学提供)
工場内の上流の製品が下流の製品の原料になったり、下流の製品が上流の製品の原料になったりするなど、製造のプロセスは複雑。
住友化学では、これまで顧客からCFPを求められると、工場担当者が表計算ソフトを使って計算していました。しかし、計算のプロセスが複雑なため、手間がかかり、これまでの方法ではとても対応しきれないケースが出てきました。算定ツールなども市販されているのですが、化学製品のCFP計算においては、複雑で容易に計算できない場合も多くありました。社内では、自社製品向けの独自のツールが必要ではないかという考えが出てきました。そこで、社内にワーキンググループを設けて、CFP算定システムを開発することになりました。
CFP-TOMOの開発
こうして2021年に出来上がったのが、「CFPT-TOMO」という自社向けのシステムです。一般的な表計算ソフトやデータベース管理システムをベースにしており、簡単で使いやすいのが特徴です。算定範囲はライフサイクルの原料の採掘から調達・生産・出荷までで、化学製品を材料として使う下流の顧客につなぐことを目的にしています。
CFP計算に必要な数量(活動量)のデータは、各工場の原価計算システムから全製品のデータを一括して抽出することで、効率的に算定が実行できるようにしました。原価情報には、計算に必要な原材料の使用量や電力使用量などがまとめられているためです。必要なGHG排出係数は、サプライヤーから得た値やデータベースの値を使います。システムでは、工場内中間品の各製造段階の温室効果ガス排出量を算定し合計して計算に用い、最終的に出荷する製品のCFPを算定します。
化学製品のCFP計算の課題だった製造工程の「複雑な」流れには、計算法を工夫することで対応しました。多数の製品のCFP算定を同時に定式にあてはめると、多くの要素からなる連立方程式になります。その解を求めるために、単純に同じ計算を繰り返す反復法(直接代入法)を採用しました。プログラミングが容易であり、その後のいくつかの改善により製造工程が長い場合でも比較的短時間で計算できるようになりました。
副生する有価物の種類が多いというもう一つの課題は、副生物ごとの特徴を考慮した複数の計算方法を用意することで対応しました。利用者は、プロセスに合わせて適切な計算方法を選択するしくみです。
また、たとえデータがそろっていなくても、計算が途中で止まることなく続行できるようになっています。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
化学製品のCFP算定に便利なCFP-TOMOにより、計算効率は良くなり、計算時間も大幅に短縮しました。千葉工場では約10,000品目の製品のCFPを一度に計算しています。その後もロジックの改良を重ね、ふつうのビジネス用ノートPCで以前は10時間以上かかっていましたが、今はわずか1時間弱でできるようになりました。また、愛媛工場では、それぞれかなり複雑な製造工程の約1,200品目の製品の計算が、わずか7分でできるようになりました。
住友化学はCFP-TOMOにより、自社製品約2万種の算定をひと通り終え、それらのデータを顧客の要望に応じて提供しています。さらに、他社に無償で計算ツールを提供することにしました。これは、業界団体である日本化学工業会(日化協)と連携して普及も進めており、すでに化学会社を中心に100社以上が利用しています。2024年10月、より多くの企業に使ってもらえるようクリックオン契約(ウェブサイト上の同意ボタンを押すことで契約が成立する)による使用許諾に移行しました。さらに、CFP-TOMOを用いた化学会社向け算定支援サービスを企画する会社も出てきており、今後はいっそう普及していくものと期待されています。
原材料のGHG排出係数は主にIDEAというデータベースの二次データが用いられることが多いのですが、サプライヤーが算定した値(一次データ)を使うほうがより正しく計算できるとされています。IDEAには約5,000種のデータがありますが、それでも網羅しきれないことがあります。特にファインケミカル製品の算定においてはデータベースにない原料も多く、国内外の原料メーカーに依頼してデータを入手しましたが、かなり時間がかかったものもありました。CFP-TOMOが普及し、化学産業界でCFP算定がふつうに行われるようになれば、各社の製品のCFPがより正確で信頼できるものになるでしょう。
取り組みのゴールは、温室効果ガス排出量を削減することです。CFP算定によって、二酸化炭素排出量が大きいホットスポットを特定することは、生産現場の改善や原料やエネルギー源の選択など排出削減に向けた対策を立てることに役立ちます。化学産業は、自動車や家電、食品や日用品の包装材料など幅広い産業の製品の上流にいます。上流にいる化学産業はいろいろな製品のCFPを左右し、温室効果ガス排出量の削減に重要な責任を担っています。住友化学は、CFP-TOMOの普及を通じて、持続可能な社会の実現に貢献したいとしています。そして私たち消費者もCFPについて理解し、CFPの少ない製品を選ぶことが温室効果ガス排出量の削減につながるのです。

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