GSC入門No.9
第19回GSC賞文部科学大臣賞受賞
第21回GSC賞ベンチャー企業賞受賞
次世代の太陽電池として期待される
ペロブスカイト太陽電池
京都大学 若宮 淳志、金光 義彦
株式会社エネコートテクノロジーズ

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第19回GSC賞文部科学大臣賞は、京都大学の若宮淳志氏と金光義彦氏の「高効率ペロブスカイト太陽電池の研究開発」が、第21回GSC賞ベンチャー企業賞は株式会社エネコートテクノロジーズの「ペロブスカイト型薄膜太陽電池の実用化」が受賞しました。京都大学の若宮教授らは、次世代の太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池の研究開発を材料化学の立場から進め、高性能化に成功しました。この成果をもとにエネコートテクノロジーズは、実用化と社会実装にむけて取り組んでいます。
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか
現在、もっとも普及している再生可能エネルギーの一つに、太陽光発電があげられます。屋根や空き地などでよく見かける太陽光電池は、無機物からなるシリコン半導体を使ったもので太陽光を当てることで発電します。太陽光が当たれば発電するので場所を選ばずに設置できますが、天候によって発電量が左右されることや、製造に高温を必要とする結晶シリコンを使うため製造コストがかかることが問題視されていました。このシリコン型太陽電池のほか、色素増感太陽電池や有機薄膜太陽電池など有機材料を使った太陽電池も研究されています。
色素増感太陽電池は、酸化チタン微粒子の表面に有機色素を吸着させ、色素が光を吸収する性質を使って発電させます。シリコン半導体を使わず、印刷技術などを応用して簡単に低コストで製造できるのですが、発電効率が低い、液体(電解液)を使うので液漏れや蒸発の心配があるなどの課題があります。
桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らは、ヨウ化鉛メチルアンモニウム(CH3NH3PbI3)というヨウ素と鉛を含む化合物を光電変換材料に用いると、光エネルギーを電気エネルギーに変換できることを発見し、2009年に有機色素の代わりにヨウ化鉛メチルアンモニウムを用いた色素増感太陽電池を発表しました。ヨウ化鉛メチルアンモニウムはペロブスカイト構造をもつ結晶で、ペロブスカイト半導体を使った電池はペロブスカイト太陽電池とよばれます。この電池は日本発の技術であったものの、2012年頃には海外での研究が先行し、日本の研究の成果が期待されていました。
京都大学教授の若宮淳志もペロブスカイト太陽電池に注目した一人でした。色素増感太陽電池を研究していた若宮は、新しい太陽電池の可能性を確信し、プロジェクトのリーダーとして研究を始めました。
ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト太陽電池は、吸収した光を電荷(正孔(ホール)と電子)に変えるペロブスカイト層(光吸収層)と正孔と電子を陽極と陰極に分ける正孔輸送層と電子輸送層からなります。そのしくみは、以下の通りです。
①太陽光が当たると、ペロブスカイト層では光エネルギーを吸収して電子と正孔ができます。
②電子は電子輸送層を通り、電極へ移動します。
③正孔は正孔輸送層を通り、電極へ移動します。
④電子と正孔が移動することで電流が流れます。
ペロブスカイト半導体は、太陽光を効率よく十分に吸収できることや、電子と正孔の移動に適した電子構造をもっており、分離移動しやすい特徴があります。そのため、ペロブスカイト太陽電池は薄い膜でも光エネルギーを吸収でき、発電効率も高くなります。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、どのような解決方法をあみ出したのでしょうか
高純度材料の開発
ペロブスカイト太陽電池の材料である、ヨウ化鉛やヨウ化メチルアンモニウムを溶媒に溶かして塗ると、乾燥して溶媒が蒸発する過程で各構成イオンがペロブスカイト型の結晶へと組み上がります。この結晶は極性溶媒に溶けるのが特徴で、この溶液をインクのように電極に塗って乾かせば太陽電池ができます。しかし、実際に電池をつくってみても、発電効率は報告されていた10%には及びませんでした。その論文をみても実際の発電効率は平均5~6%、なかにはゼロのものもあり、世界中の研究者がその再現性の悪さに悩まされていました。
不安定な化合物を扱う厳密な有機合成の実験では、微量の水分で化学反応に悪影響を及ぼすことが生じます。そこで、試薬はすべて純度の高いものにし、使う器具なども前処理をして水分を除きました。それにもかかわらず、水分を取り除き、試薬の純度を高めれば高めるほどヨウ化鉛が溶けなくなりました。疑問に思っているうちに、試薬のヨウ化鉛だけ前処理せずそのまま使っていたことに気が付きました。この試薬は純度99.999%の最高グレードのものだったからです。ところがその試薬を分析してみると2000 ppmもの水分を含んでいることがわかりました。実は有機材料と無機材料では規格が異なり、無機材料の純度は主成分を基準としているのです。そこで、ヨウ化鉛の純度を高めると、結晶は溶媒に溶けるようになり、電池の発電効率も上がりました。再現できない原因は試薬の純度にあることがわかりました。現在、若宮らが開発した高純度な試薬が市販されており、世界中のペロブスカイト太陽電池の研究に使われています。
ペロブスカイト太陽電池の発電メカニズムが明らかに
ペロブスカイト太陽電池の特徴は薄くて軽いことです。それはペロブスカイト結晶が光を吸収して得たエネルギーを電力に換える能力が非常に高いため、フィルムに薄く塗っただけで発電するのです。しかし、研究を始めた当時はそのメカニズムがよくわかっていませんでした。その解明につながる物性を世界に先がけ見つけることができたのは、京都大学教授の金光義彦の力がありました。金光は、物理学が専門で、無機半導体材料についてもよく知っています。ほかにはない特殊な分光測定装置でペロブスカイト結晶などの光物性測定を行いました。そのきっかけは、金光研究室が若宮研究室の隣にあり、ある日「良いサンプルがあれば光学特性を分析して、発電のメカニズムも明らかにできますよ」と金光が若宮に声をかけたことでした。
ペロブスカイト太陽電池のように優れた電池の材料は、よく光り、光を吸収し励起した状態が安定であるという特徴があります。そこで励起光の強度と発光強度の関係を調べたところ、あるレベルの励起エネルギーを超えると、励起光の強度の2乗に比例して発光強度が高まりました。このような現象は通常励起子の場合には見られず、自由に動いている電子と正孔が互いに衝突(再結合)することによって発光する場合に起こることが知られています。これまで、ペロブスカイト太陽電池の発電は励起子によるものと考えられていたのですが、実際には半導体に光を照射すると、フリーキャリアとよばれる自由に動くことのできる電子と正孔ができることがわかりました。このフリーキャリアは太陽電池における高い起電力をもたらします。また、電子と正孔は通常ある程度の時間がたつと消えてしまいますが、ペロブスカイト半導体では消えるまでの時間が従来の半導体に比べて長く、また欠陥も少なく、電子と正孔が再結合するときの発光効率も高いことも示されました。また、半導体内で生成した電子と正孔は、再結合して光を放出しますが、その光が再び吸収され電子と正孔を生成することを繰り返す現象(フォトンリサイクリング)も起こすこともわかりました。これらのことがペロブスカイト太陽電池の優れた性能を示す要因で、シリコンをつかった太陽電池とは異なる大きな特徴です。
ペロブスカイト半導体中の電子のふるまい
ペロブスカイト半導体中では,電子と正孔は励起子を形成しておらず,自由に半導体中を運動していることがわかりました
塗るプロセスを見直す
材料やメカニズムについて明らかになり、いよいよ発電効率もシリコン型太陽電池の同等の20%になることが見えてきました。ペロブスカイト太陽電池は材料を溶媒に溶かし、インクのように塗ることができるのが特徴です。溶液を基板に滴下し、高速回転させて溶液をのばし、回転の途中でトルエンを加えます。トルエンは材料を溶かしにくいので、中間体の膜ができます。その中間体を加熱して乾燥させると、黒いペロブスカイト型結晶の膜になります。
この方法では、研究に十分な高品質の電池ができるのですが、25 ㎜角の大きさにするのがやっとで、実用化には程遠いものでした。その原因は、材料が溶媒に溶けるまでに時間がかかること、トルエンを滴下するタイミング、溶液が乾くまでの時間がわずか数秒と短いことなど反応条件が非常に限られているためです。もっと大きな面積を塗るために、材料や反応工程を見直し、条件を徹底的に検証しました。その結果、ハロゲン化鉛ペロブスカイト(ヨウ化鉛メチルアンモニウムCH3NH3PbI3)のDMF錯体という新しい材料を開発しました。この材料を使えば、より早く、より高濃度に溶媒に溶けるようになり、さらに溶媒や温度などの条件を工夫することで乾燥するまでの時間が長くなりました。反応が制御しやすくなり、大きな面積に塗ることができるようになると、いよいよ実用化の道が見えてきました。ちょうど大学で始まった支援事業を利用し、2018年に若宮と大学の同級生だった加藤尚哉とともにエネコートテクノロジーズというベンチャー企業をたちあげました。
実用化をめざす
ベンチャー企業を立ち上げても、大学の研究成果を企業に移転するのはむずかしく、技術開発が思うように進まないことがよくあります。その理由には、大学の研究でのノウハウや知見が企業にうまく伝わらないことがあげられます。エネコートテクノロジーズでは、太陽電池に関する知識や経験の豊富な堀内保がエンジニアとして入社したことで、技術移転がスムーズに進みました。
エネコートテクノロジーズでめざしているのは、ペロブスカイト電池のサイズを歩留まりよく、安定的に大きくすることです。今では75 mm、300 mm角のペロブスカイト太陽電池を作ることができるようになってきました、もっと大きいものを作りたい。大きく作れば、それを切り出して小さい電池も作ることができるので、量産化やコストの削減も可能です。
大きな面積の電池の場合、次の課題は、品質の均質化です。中央と端で品質が異なると使い物にはなりません。そのため、フィルムに自動で材料を塗り、さらにリアルタイムで品質をチェックする機能を持つ装置を開発しています。
フィルム基板を使って作った薄くて軽いペロブスカイト太陽電池
画像提供:株式会社エネコートテクノロジーズ
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
2022年6月には、ペロブスカイト太陽電池の発電効率は25.7%とシリコン型太陽電池とほぼ同等の水準に達しました。また、その電池の厚さは1μm程度と極めて薄く、そのうちペロブスカイト半導体の層はわずか500~ 600 nmで、髪の毛の100分の1程度です。このように薄い膜にするにはかなりの技術を必要とするものの、材料が少なくてすみます。また、低温で反応するので、エネルギーも少なくてすみ、二酸化炭素の排出量も削減できます。エネコートテクノロジーズでは、電池の耐久性も検討しており、10年は保つとしていますが、デザイン次第ではもっと延ばせると考えています。しかも、半導体は水に溶けるため、回収も極めて容易でリサイクルも可能です。そのための技術も開発しています。
今後の課題として、半導体に使われている鉛の人体や環境へ及ぼす影響が危惧されています。そのため、若宮らは、鉛のかわりにスズをつかった半導体を開発しています。これはかなりむずかしく、発電効率はまだ15%ほどですが、鉛なみの発電効率を実現させ、やがて鉛フリーの電池を普及させたいと考えています。
また、フィルム型のペロブスカイト太陽電池の重さは0.2 ㎏/m2程度とシリコン型太陽電池の50分の1ほどで、とても軽いのも特徴です。この薄くて軽く、さらにフィルム状で曲がる太陽電池は従来のシリコン型太陽電池が設置できないところでも設置できます。たとえば、建物の壁や窓、自動車の車体など、さらに高速道路の防音壁、重いものをのせることのできない屋根など新たな用途も考えています。雨の日や室内でも発電するので、携帯電話の充電器から非常用の電源まで様々な分野で役立ちそうです。
世界中でペロブスカイト太陽電池の開発に拍車がかかる中、実用化まであと1歩のところまで迫ってきました。ここまで進むことができたのは、化学や物理学の専門家とエンジニアがそろい、お互いに実力を発揮できたからだ、と金光は振り返ります。世界各国の企業が実装化に向け、しのぎを削っている中、「正念場はこれから」と気を引き締め、研究や開発にますます力を入れる日々が続きます。
広く普及しているシリコン型太陽電池に比べて、発電効率が高く、簡単に製造できるペロブスカイト太陽電池は、次世代エネルギーの主役を担うと注目は高まるばかりです。エネコートテクノロジーズが掲げる「どこでも電源®」のキャッチフレーズのように町中が発電する日がくるのも、遠くはなさそうです。



ペロブスカイト太陽電池の活用の期待

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