GSC入門No.6
第17回GSC賞経済産業大臣賞受賞
高充電性・高耐久性を両立した
低環境負荷アイドリングストップ車用バッテリの開発
日立化成株式会社(現 エナジーウィズ株式会社)
株式会社日立製作所

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第17回(2017年度)のGSC賞経済産業大臣賞は日立化成株式会社(現 エナジーウィズ株式会社)、株式会社日立製作所の「高充電性・高耐久性を両立した低環境負荷アイドリングストップ車用バッテリの開発」が受賞しました。アイドリングストップ車は、バッテリに大きな負荷がかかるため、従来のバッテリでは劣化しやすく寿命が短いという問題がありました。この技術はその問題を解決し、二酸化炭素排出量の削減に貢献しています。
受賞企業のプロフィール
日立化成株式会社で行っていた事業のうち、蓄電デバイスの製造および販売ならびにこれらに関するシステム・サービス事業についてはエナジーウィズ株式会社が承継しています。
株式会社日立製作所は、日立グループの中核企業で、世界有数の総合電機メーカーです
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか
自動車は、私たちの生活に欠かせないものですが、一方、排気ガスは大気汚染をもたらし、排気ガスに含まれる二酸化炭素は地球温暖化の原因のひとつになるなど、環境負荷が大きいことが問題になっています。そこで、環境負荷の低減をめざし、エコドライブやエコカーが推奨されています。エコドライブとは、二酸化炭素の排出を抑え、環境に配慮した運転方法のことで、その代表的なものがアイドリングストップです。
これは、赤信号や渋滞時に車が停車した時に自動でエンジンが停止するシステムです。エンジンを停止することで燃料の燃焼を減少させ、排気ガスの発生を抑制するため、環境問題の解決に大きな効果を発揮すると期待されています。かつては、自動車を止めるたびに手動でエンジンを止めていましたが、今ではほとんどの車に自動でエンジンを停止するアイドリングストップ機能が搭載されています。
環境負荷の軽減や燃費の向上というメリットはあるものの、アイドリングストップ車は、エンジンの始動回数が非常に多くなり、エンジンを始動するたびに、セルモータ(エンジンを始動させるためのモータ)を回さなければなりません。そのときに発生する大きな電流がバッテリに大きな負担をかけることになります。そのため、従来のバッテリでは、短時間で性能が低下し、寿命が短くなる問題がありました。
エンジン始動時のバッテリの使われ方
ブレーキ回生は、減速時のエネルギーの一部を、電気エネルギーにしてバッテリに送り込み充電するしくみのこと。
また、放電されているばかりでは、あっという間にバッテリが機能しなくなってしまいます。そこで、自動車にはオルタネータという発電機が備えられており、エンジンが動いている間はオルタネータが発電し、バッテリに充電されるしくみになっています。
アイドリングストップ中では、エンジンが動かないためオルタネータが発電せずバッテリは放電されるので、走行中の限られた時間にバッテリを充電する必要があります。
電力は、エアコンやカーオーディオ、ランプをつけるのにも必要です。そのため、停車を繰り返して、バッテリの放電量が多くなると、バッテリがさらに放電するのを防ぐためにアイドリングストップが解除されてしまいます。つまり、走行中の充電が不十分だとアイドリングストップが機能しないのです。
そこで、アイドリングストップ車用バッテリに求められるのは、短い時間でも充電できる高充電性と大きな負荷に耐えられる高耐久性でした。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、解決方法をあみ出したのでしょうか
バッテリの劣化を引き起こす成層化
アイドリングストップ車用バッテリに高充電性と高耐久性が求められたものの、これらはトレードオフの関係にあります。どうしたら両立できるのか、開発者らは頭を悩ませました。
自動車用バッテリには古くからある鉛蓄電池が使われ、アイドリングストップ車用には、国内で主流のEFB (Enhanced Flooded Battery)と 欧 州 で 主 流 のAGM (Absorbent Glass Mat)が ありま す。こ れ らを 比 較 すると、EFBは充電性が高いものの、耐久性は低い、AGMは充電性が低く、耐久性は高い、という特徴がありました。ただ、AGMは価格が高いので、従来のEFBにAGMと同等の耐久性を持たせることを目標に開発が始まりました。
アイドリングストップ車用バッテリの比較
※1 EFB…Enhanced Flooded Battery
※2 AGM…Absorbent Glass Mat
EFBの耐久性が低い理由は、充電時に負極表面から発生する硫酸イオンの「成層化」によるものでした。成層化とは、硫酸イオンの濃度が高い層と低い層に分離し、上下で濃度差が生じる現象のことをいいます。比重の大きい硫酸イオンは沈降しやすい性質があります。充電が十分にされないと、電極からガスが発生せず、電解液が攪拌されません。そのため、硫酸イオンが沈降してしまうのです。
成層化が発生すると、イオン濃度の高い下層部では、放電によって生じる硫酸鉛の結晶化が進み、電極の性能が劣化します。この現象を「サルフェーション」といいます。サルフェーションが進むと、電極に付着した結晶によって電池の容量が減り、充電スピードも遅くなります。また、イオン濃度の低い上層部で、充放電反応が集中するようになり、電極が劣化しやすくなります。とくに正極では、電極から酸化鉛が剥がれ落ちる「脱落」が起こりやすくなります。
EFB の劣化
成層化により EFB は劣化する。バッテリ機能の低下や劣化を防ぐには、硫酸イオン濃度の高い層と低い層を分離する現象を防ぎ、上下の濃度差を均一にし、成層化が起こらないようにしなければなりません。
繊維層を評価する
AGMは、セパレータに電解液を含ませています。硫酸イオンが沈降しにくくなるので、成層化の発生を防いで耐久性を高めています。そこで、EFBでも成層化による硫酸イオンの沈降を防ぐために、負極とセパレータの間に繊維層を配置して改良するというコンセプトが決まりました。繊維層を配置することにより、上下で電解液の濃度の差を生じさせず、上下均等に電極の機能を発揮させることが可能になります。一方で、硫酸イオンと繊維層間分子の相互作用により、硫酸イオンの拡散が変化し、充電機能が悪化する可能性があります。充電性を低下させずに硫酸イオンを分散させるには、繊維層の材料や構造はどうすればいいのか、繊維層の設計が始まりました。
まずは日立製作所の研究所に協力してもらい、繊維層内の硫酸イオンの動きを調べるための動力学シミュレーションを行いました。繊維層の厚さや空孔率など、さまざまなパラメータを変化させて、硫酸イオンの動きや繊維層との相互作用にどんな影響があるのかを検討し、高充電性と高耐久性のどちらも両立できるポイントを見つけようとしたのです。
シミュレーションで示唆されたのは、硫酸イオンの拡散係数と繊維の表面張力に相関関係があり、表面張力に対する拡散係数の最大値が存在することでした。繊維の表面張力が大きくなれば、硫酸イオンとの相互作用が強くなることを意味し、拡散係数が大きくなれば、充電性は向上します。したがって、繊維層の表面張力を調整すれば、充電性は大幅に向上しそうだと見当をつけることができました。
動力学シミュレーションの結果
拡散係数は表面張力と相関関係があり、表面張力に対する最大値が存在することが示唆された。
これはあくまでもシミュレーションの結果であり、この関係を実証できなければ開発はできません。そのためには、繊維層の表面張力や拡散係数を評価する方法が必要です。これも、日立製作所の研究所に協力してもらい、評価法を確立しました。拡散係数は、繊維層に硫酸を通過させ、拡散させたときの導電率の変化で評価し、表面張力は繊維層の表面に付着した硫酸の液滴の接触角から換算する方法を確立しました。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
日立化成株式会社(現 エナジーウィズ株式会社)は、高充電性と高耐久性を両立したこの製品を、アイドリングストップ車用バッテリ「Tuflong G3」として2016年6月から販売しました。製品保証は38か月になり、従来のバッテリの約2.1倍の寿命を実現しました。このバッテリを使えば、走行中に短時間で充電できるため、より長くアイドリングストップが機能し、燃費が向上します。燃費がよくなれば、二酸化炭素の排出量も削減できます。日立化成株式会社(現 エナジーウィズ株式会社)製バッテリを搭載したアイドリングストップ車1台当たりの二酸化炭素削減量とその台数から、年間の二酸化炭素削減量は約75万トンと推計されました。
エコドライブやエコカーの普及などで、自動車からの二酸化炭素の排出量は近年、減少してきています。無駄な燃料の消費を抑え、燃費もよくなるアイドリングストップ車は、いまでは搭載していない車を探すのが難しいほど普及しました。従来のバッテリでは、十分な機能を発揮できませんでしたが、開発した技術は、アイドリングストップの機能を発揮させ、二酸化炭素の削減に貢献していることは間違いありません。
2018年の日本の二酸化炭素排出量11億3800万トンのうち、自動車によるものは15.9%も占めています。2015年に世界100か国以上が締結したパリ協定では、二酸化炭素など温室効果ガスを今世紀後半までにゼロにすることを目指しており、二酸化炭素排出量削減への動きは世界的にもますます加速しそうです。この技術を海外に展開し、世界的な温室効果ガス削減に貢献していきたいとしています。

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