GSC入門No.3
第13回GSC賞経済産業大臣賞受賞
航空機の軽量化を可能とする
炭素繊維複合材料の開発
東レ株式会社

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第13回GSC賞経済産業大臣賞(2013年度)は東レ株式会社の「航空機の軽量化を可能とする炭素繊維複合材料の開発」が受賞しました。40年以上にわたる研究開発期間を経て開発された同社の炭素繊維強化樹脂は、軽量で柔軟でありながら高い靭性(材料の粘り強さ)を持つことが特徴です。この高靭性炭素繊維強化樹脂(高靭性CFRP)は、燃費の向上に有効な航空機の軽量化を実現し、環境負荷の低減に大きく貢献しています。
受賞企業のプロフィール
東レ株式会社は、1926年に創業した総合化学企業(本社は東京都中央区)で、合成繊維や合成樹脂をはじめとする化学製品や情報関連素材を取り扱っています。
実用化されている炭素繊維、中間製品(クロス、プリプレグ)
およびその成形品(炭素繊維強化樹脂:CFRP)
技術開発に至るまで
(オープン・イノベーションの第1段階)
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで基礎的研究が始まり、どのように技術課題を乗り越えたのでしょうか
炭素は、主に共有結合によって原子が次々につながることでいろいろな形の物質をつくります。ダイヤモンドやグラファイト(黒鉛)など炭素からできた炭素材料はさまざまな産業に使われ、応用分野は広がるばかりです。
炭素繊維もそのような炭素材料の1つです。鋼と比較して炭素繊維の比重が4分の1と軽いために、単位比重あたりで考えると強度は約10倍、変形のしにくさ(弾性率)は約7倍です。「鉄より強くアルミより軽い」と評され、腐食することも材料疲労することも極めて起こりにくいものです。炭素繊維はそのまま使われることはなく、通常は、プラスチックやゴム、金属、コンクリートの中に混ぜて、「炭素繊維複合材料」として使われます。炭素繊維を混ぜることで、元の素材の強度や電気伝導性、耐熱性などを改善することができます。例えば、図に示す成形品以外にもゴルフクラブや釣り竿のシャフト、鉄筋コンクリートの耐震や耐火のための補強などに使われています。中でも注目されるのが、ボーイング社の中型旅客機「ボーイング787」の機体の材料に採用され、機体の軽量化を実現した高靭性CFRPです。
繊維状の炭素材料の歴史は古く、例えば19世紀にエジソンが実用化した電球には竹を原料とした炭素材料がフィラメントとして使われていました。その後、電球のフィラメントはタングステンにとって代わられてしまいましたが、1950年代にロケット噴射口の材料として使われて再び炭素繊維が再び注目されるようになりました。
当時、炭素やグラファイトからなる製品は電極などの成形品、あるいは活性炭やカーボンブラックなどの粉末状のものに限られ、繊維状のグラファイトは製造が難しいと考えられていました。しかし、1956年に米国のユニオン・カーバイド社が、レーヨンを原料として用いることにより、世界初の炭素繊維の開発に成功しました。
ちょうどそのころ、工業技術院大阪工業技術試験所(現在の産業技術総合研究所関西センター)の炭素研究室に所属する研究者、進藤昭男氏(1952年入所)は「社会の役に立ちたい」という思いの下、新しい炭素材料を探索していました。その過程で進藤氏は、黒鉛フェルトなどに関する炭素繊維の新聞記事に出合いました。「これはイノベーションにつながる」と見抜き、炭素繊維の工業化に狙いを定めた研究を早々に開始しました。
炭素繊維を効率よく得るには、形態が繊維状で、加熱処理をしても繊維の形態を保持したまま成分が炭素だけになる原材料をみつけることが必要です。もし、炭素そのものを出発原料として、融解や延伸などの加工で炭素繊維にしようとすると、強い結合力をもつ炭素原子間の共有結合を切断・再形成しなければなりません。それには、大きなエネルギーを要し、現実的ではありませんでした。一方、当時、すでに実用化されていた合成繊維は、炭素原子を主な構成要素とする繊維ですから、炭素繊維の原材料として適しています。
そこで、様々な合成繊維を原料として炭素繊維への変換を試みました。しかし、加熱処理すると雲散霧消したり、融けてから炭化したりと、なかなか炭素繊維にはなりませんでした。ある時、進藤氏は、合成繊維の性質を示す一覧表に、多くの繊維は分解や溶融すると記述されているのに対し、ポリアクリロニトリル(PAN)繊維だけは「235℃で粘る」と記述されていることに気付きました。これはPAN繊維に耐熱性があり、繊維状のまま炭化できる可能性があることを意味します。
PAN繊維を手に入れ、実験を重ねる中で、ついに折れることなく指に巻き付けることのできるほど可撓性のあるPAN系炭素繊維ができました。さらに、安定的にまとまった量を作るための加熱処理の温度や酸化性雰囲気の条件、原料繊維の保持方法などを繰り返し検討しました。セレンディピティ(偶然の発見)にも恵まれ、1961年、ついにその成果を論文にまとめて発表しました。同時に、後の産業化の基盤となる基本特許(1959年出願)も取得しました。
その後、成果が世界に知られる中で、ある研究者の「比弾性率の高い繊維が複合材料の強化繊維として有望だ」という見解をきっかけに、構造用材料としての研究開発や樹脂との複合材料(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastic)化の研究開発を進めることになりました。
PAN繊維は、熱処理すると分子間の結合が変化し、強固な黒鉛結晶構造をもつ炭素繊維になります。PAN系炭素繊維は、先に発表されたレーヨン系炭素繊維とは異なり、縮合したベンゼン環が繊維軸の方向に規則正しく配向し、高い強度と弾性率を備えています。
ポリアクリロニトリルから炭素繊維ができるまで
ポリアクリロニトリルを加熱処理すると200~300℃で環状の構造が形成され、それを1000~2000℃に昇温すると、炭素以外の元素が取り除かれて強い炭素繊維ができる。さらに2000~3000℃では黒鉛化が進行する。
炭素繊維の構造
技術シーズの産業化課題の解決に向けて
(オープン・イノベーションの第2段階)
どのような技術課題が生じ、解決方法をあみ出したのでしょうか
炭素繊維の工業生産に成功(1970年代~)
PAN系繊維による炭素繊維の製造法が発明され、多くの企業が炭素繊維の開発を始めましたが、製造には時間がかかり、高コストなことから工業生産にはなかなか至りませんでした。東レ株式会社(以下、東レ)も炭素繊維に着目した企業の一つで、当初は繊維メーカーであるため、炭素繊維用のPAN繊維の研究を中心に進めていました。
一方、東レの基礎研究所ではナイロン生産の研究を進める中、PAN繊維の原料であるアクリロニトリルと似た構造を持つヒドロキシエチルアクリロニトリル(HEN)という化合物を開発していました。この新規化合物HENにはPAN繊維の耐炎化を促進する効果があり、またPAN繊維に混ぜると機械強度のすぐれた炭素繊維ができることがわかりました。
これをきっかけに東レは、自社での炭素繊維の製造をめざしてプロジェクトをスタートさせました。1970年にはPANを使った炭素繊維製造法の基本特許使用の許諾を得て、本格的に工業化を進めましたが、東レにはPAN繊維を大量に焼く(加熱処理)技術はありません。そこで、ユニオン・カーバイド社と技術交換し、糸を焼くというノウハウを獲得しました。
こうして、1971年に炭素繊維の商業生産を開始し、その後、日本企業が欧米の企業に対してPAN系炭素繊維の生産で大きなリードをとる第一歩となりました。しかし当時は、まだ炭素繊維の用途は定まらず、伸びゆく市場もありませんでした。
東レでは、炭素繊維で強化した樹脂との複合材料(CFRP)の強度や弾性率が高いことから、当初から、炭素繊維を航空機の機体に使うことをめざしていましたが、航空機メーカーによる認証にはかなりの時間を要することが分かりました。
そこで、少しでも炭素繊維の用途が広がるように、手探りで市場を開拓しました。CFRPを使った釣り竿が従来のガラス繊維を使ったものより軽量化されたことで好評を博し、ゴルフクラブのシャフト、テニスのラケットと、高性能であれば高価格でも許容されやすいスポーツ用品へ用途を広げていきました。
これと平行して、炭素繊維の性能の改良も進めました。炭素繊維の普及とともに、東レの炭素繊維は「軽くて強い」と広く認められるようになり、1978年、ついにボーイング社から航空機の材料として認定されました。
航空機を炭素繊維でより軽く丈夫にするために(1990年代~)
航空機の構造の安全性を保証するために、一般に、新規な材料はリスクの小さい部材(非構造材)から始めて使用実績を積み上げた後で初めて、構造体の骨格として荷重を支える部材(構造材)に使用されることになります。
CFRPも同じような経過をたどりました。内装材などの非構造材から構造材へ、構造材の中でも舵面などの二次的な部材から主翼・胴体などの一次的部材へという経路です。そして、1986年にはボーイング社から、機体の強度を担う一次構造材として認定されるための要求仕様が提示されました。
従来の機体の基本構造は、アルミニウム合金で作られていました。アルミニウム合金の加工性・靱性・強度・軽量性・耐食性などの特性と材料コストなどが、一次構造材として適していたためです。さらに軽量化するためには、革新的な材料が求められていました。そのために、飛躍的軽くて強度も高く、腐食の心配がない、CFRPが一次構造材として期待されたのです。
CFRPに形状と靭性を付与する樹脂を母材、強度を付与する炭素繊維を強化材と呼びます。
強化材になる炭素繊維は緻密な要因分析に基づいて設計され、高強度で高弾性率を有する炭素繊維を開発しました。
なお、炭素繊維を用いて航空機の構造体を作るためには、中間製品であるプリプレグを出発素材として用います。プリプレグは、炭素繊維を一方向に揃えて熱硬化性樹脂をしみこませたシート状のものです。これを何枚も重ねて必要な形にして窯(オートクレーブ)の中で、圧力と熱を加えて樹脂を硬化させて、航空機の機体構造に仕上げます。
プリプレグ積層体の断面写真
強化材の炭素繊維を一方向に並べたCFRPは、繊維軸方向に強いのですが、繊維軸に垂直な方向には弱くなります。そのため、図に示したようなシート状のプリプレグを外力のかかり具合に対して最適な方向に組み合わせて積層して構造体を作ることになります。積層した構造体は平面方向にはどの方向にも強くできますが、積層されたシート間の剥離破壊に対する対応が課題となりました。そのためには、材料の靱性の改善が必要です。
飛行中の機体は常に過酷な条件にさらされています。寒いところで大粒の雹が機体に当たれば、現行のアルミ合金でもそこに損傷が発生するくらいの強い衝撃を受けます。また、離着陸時には砂や小石が当たります。CFRPでは、先に述べたように典型的な損傷としてシート間に亀裂が発生することがあり、これらの衝撃に対する損傷は、設計上許容される程度に抑えなければなりません。
複合材料では、強化材の炭素繊維のみならず母材の設計が重要になります。CFRPの母材に使われるエポキシ樹脂は接着性や化学薬品耐性に優れており、主剤と組み合わせる添加剤によってもさまざまに性質を変化させることができます。シートとシートの接合は母材同士の間で行われるため、シート間の剥離破壊に対する靱性の改善の課題は、まさに母材としてのエポキシ樹脂の課題になりました。
母材としてのエポキシ樹脂自身の靱性を高めるための研究を重ねる中でぶつかった壁は、母材の靱性を改良すると強度特性が下がるという二律背反でした。この問題をなんとか解決しなければ、航空機構造用材料としてボーイング社が提示した目標値を達成できません。
ブレークスルーになったのは、母材全部を一律に改良するのではなく、破壊が起こる箇所だけを改良するというアイデアでした。CFRPの強度をエポキシ樹脂で確保しつつ、熱可塑性樹脂の粒子を破壊が起こるシート間に配列させて必要なところに靱性を付与します。すると、CFRPの表面に衝撃が加わった時に、熱可塑性樹脂の粒子が変形し、さらにはその一部が破壊してエネルギーを吸収するので、亀裂の進展を食い止められるというわけです。
このアイデアを実現するため、独自の熱可塑性樹脂粒子を開発しました。開発に携わった同社複合材料研究所長の遠藤真氏は当時を振り返り、次のように語っています。
「このようなイノベーションを生み出せたのは、対象が複合材料であるため、物理学や有機化学、材料力学、高分子化学などさまざまな分野の専門家が集まったチームだったからです。いったん、お互いの異なる視点を理解し合うと、その刺激で思いがけない発想につながるのです」。
こうして、1990年にボーイング777の尾翼や客室桁材などの一次構造材として東レの高靭性CFRPが認定されました。
大量生産に向けて(2000年代~)
材料が社会に普及し、大量に使用されるためには、製造コストを下げることが必要です。CFRP用炭素繊維においてもコストを下げるため、生産性向上による大量生産に向けた取り組みが始まりました。それまでの生産方法は工程が多く、手間がかかるプロセスで大量生産には向いていませんでした。そこで、原料になる糸の合成工程をはじめ、全工程を徹底的に見直し、基本を変えずに工程数を減らしました。
紡糸の方法の見直しでは、低コストの湿式と品質の高い乾式の両方を組み合わせた乾湿式紡糸法を開発し、高速化を実現しました。これは材料を押し出す口金と凝固剤を溜める浴の液面に隙間を設けることでその隙間で材料を変形させながら、凝固剤の中に押し出して糸にします。
新たな紡糸法で高速化を実現し、さらに、1回に製造できる本数を1万2000本から2万4000本に倍増させても均一に繊維化できる技術により生産性を高めました。細い多数の繊維を整然と生産するには非常に高い生産技術を必要とします。
東レには紡糸をコントロールする技術があったので、この方法を開発することができたのです。
CFRPと金属材料等の他材料との比強度と比弾性率の比較
(北野彰彦、化学と教育、59(4)、228(2010)
CFRPは他材料にくらべて比強度、比弾性率とも優れている。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
炭素繊維は、旧大阪工業試験所の進藤氏の下で基礎研究が始まってから約60年の歳月がたち、日本企業が生産量で世界市場のおよそ80%をカバーする産業に成長しています。東レの炭素繊維の世界シェアはおよそ50%です。
航空機分野で最初に炭素繊維が使われたのは1975年のことでした。そのときは、ボーイング737の内部部品だけでした。1983年にはじめて機体の一部に使われ、1992年にボーイング777でやっと尾翼と主翼の一部に使われました。このときの1機あたりの炭素繊維使用量は7トンほど。さらに2003年には、ボーイング787の主翼と胴体に高靭性CFRPが全面的に採用されることになりました。2006年にはボーイング787の生産が開始され、ついに「黒い飛行機」が実現したのです。
ボーイング787では1機あたりの炭素繊維使用量は35トンほどになり、従来機に比べて機体重量が20%軽量化するとされています。
炭素繊維は、その製法から、単位重量あたりの素材製造エネルギーが鉄鋼など金属に比べて大きいと言われています。そこでLCAの観点が重要となります。LCAは、資源の採取、製品の製造・使用・リサイクル・廃棄などに関するライフサイクル全般にわたって総合的に環境負荷を評価する手法の1つです(GSC教材シリーズNo.1参照(PDFweb))。炭素繊維協会による二酸化炭素排出量に着目した試算では、次のように排出量の大きな削減効果が示されています。
ボーイング787では機体構造重量の50%にCFRPが使用されていますが、これと同じCFRP構成比率を既存機体(アルミニウム合金使用)であるボーイング767に適用してモデル計算すると、10年間の運用で機体1機あたり7%、ライフサイクル全体で排出される二酸化炭素の量が削減されます。ボーイング767クラスの航空機の場合、機体素材の製造から機体の廃棄に至るまで、標準的国内運行の総二酸化炭素排出量のうち、運用中に排出される割合が99%にのぼるため、軽量化による燃費向上は直接的な効果になります。
世界中が炭素繊維に注目し、たくさんの企業がチャレンジしたもののそのほとんどが去っていきました。それでも、辛抱強く開発を続けることができたのは、炭素繊維のような優れた性質をもつ材料はほかにはなく、将来性があるという確信があったからこそですし、さらに黒い炭素繊維による「黒い飛行機を飛ばしたい」という開発に携わった人々の強い思いがあったからでしょう。
炭素繊維というイノベーションの成功は、官(産業技術シーズ)と民(技術シーズの産業化)の連携、素材メーカーや航空機メーカーとの連携、さらに研究チーム内の専門分野をこえた連携がカギになりました。素材メーカーは部品メーカーと連携することはありますが、航空機メーカーと連携することは通常はありませんでした。
「新しい材料での前例がないので、ボーイング社も私たちもどう使えばいいのかよくわからなかったのです。そこでずいぶん議論を重ねました。もちろん部品メーカーとも連携し、加工技術を開発しました。材料の革新と加工技術の革新が並行して起こったといえます」と遠藤氏は話します。
遠藤氏は、今後も、さらに航空機の軽量化をめざすと言います。ボーイング787よりさらに大型の777Xができる予定ですが、一方で小型機に炭素繊維を使うのはまだこれからです。小型機に適用するためには、さらにコストを下げる必要があります。
「これまでは、“より強く、よりかたく”を目標に開発してきましたが、これからはユーザーの用途に合わせてトータルな開発を進めていきたい」と遠藤氏は言います。現在では、航空機以外にも船舶、土木建築、さらには自動車にもと炭素繊維の用途が広がりつつあります。用途が広がれば、エネルギーの節約や環境負荷の低減につながることが期待されます。
ボーイング787でのCFRP使用部位(ボーイングジャパン)
ボーイングの一次構造材料用途に認定されている炭素繊維およびプリプレグは、東レの製品のみ

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