公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)

ニュースレター 95

[経済産業大臣賞]省エネ通信を実現する活性エステル型エポキシ樹脂硬化剤の事業化


著者:DIC株式会社 有田 和郎、岡本 竜也、鈴木 悦子、下野 智弘

 スマートフォンやデータセンターなどの電子機器では、プリント配線板の上を高周波の電気信号が行き交っている。しかし、絶縁材料を構成する分子の中に水酸基などの極性の高い構造が多く存在すると、変化する電場に分子が応答し、電気エネルギーの一部が熱として失われる。この損失の起こりやすさを表す指標が「誘電正接(tanδ)」であり、高速・高周波通信の省エネルギー化には、この値を小さくすることが重要である。
 一般的なエポキシ樹脂は、フェノール系硬化剤との反応によって丈夫な三次元網目構造を形成する一方、その反応で多数の水酸基を生じる。そこでDICは、1991年に神奈川大学の故・西久保忠臣先生が提唱した「活性エステル型硬化剤」の理論に着目した。活性エステルとエポキシ基との反応では水酸基を生成しない。この反応を実用材料にできれば、エポキシ樹脂の優れた特性を生かしながら、誘電損失を本質的に小さくできると考えた。
 しかし、理論的に優れた分子が、そのまま工業材料になるとは限らない。プリント配線板材料には、低い誘電正接だけでなく、高い耐熱性、耐湿性、接着性に加え、製造工程で用いる有機溶媒への溶解性も要求される。DICは分子構造と物性の関係を解析し、イソフタル酸構造やジシクロペンタジエン骨格などを組み合わせ、分子量や官能基数を精密に設計した多官能オリゴマー型活性エステル硬化剤(MFAE)を創出した。その結果、誘電正接を従来比で約50%低減しながら、耐熱性、耐加水分解性、高い接着力、加工性を両立することに成功した。
 重要なのは、この成果が「低誘電な新物質」の発見だけにとどまらない点である。MFAEは一般的な有機溶媒に溶解するため、従来のエポキシ樹脂材料と同じプリント配線板製造設備で使用できる。2000年の開発開始から試作、量産技術確立を経て国内外で採用され、5G通信、サーバー、スマートフォンなどの高速情報通信を材料面から支えてきた。
 さらに、伝送損失は周波数と誘電正接に依存するため、通信が高速化するほど低誘電正接化の価値は大きくなる。DICでは現在、分子設計をさらに進化させ、低誘電性に加えて耐熱性や難燃性などを高めた材料を開発している。活性エステルという化学反応の選択から始まった技術は、5Gから生成AI、データセンター、さらには6Gへと、情報社会の発展と省エネルギーを両立させる材料技術へ発展し続けている。

DICのエポキシ樹脂の紹介ページ
https://www.dic-global.com/ja/products/epoxy/
DICの活性エステル型エポキシ樹脂硬化剤の紹介ページ
https://www.go.dic-global.com/m/functional_products/epiclon_HPC/chemitronics/side/
活性エステルの基本概念と
創出した新規多官能型活性エステル*のコンセプトモデル構造式
*Multi-functional active-ester (MFAE)