公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)

ニュースレター 94

有機合成の自動化・自律化を目指したデジタル駆動化学


著者:産業技術総合研究所 触媒科学研究部門 デジタル駆動化学研究グループ 研究グループ長 矢田 陽

 有機合成研究はこれまで、化学者の仮説構築力と実験技術を基盤として発展してきた。一方で、触媒設計や反応条件探索は試行錯誤に依存しやすく、時間・労力・資源消費が大きいという課題を抱えている。こうした背景のもと、AI、データ科学、計算科学、自動化技術を統合した「デジタル駆動化学」により、有機合成における設計―実験―解析―学習の循環そのものを再設計する試みが進められている(図1)1)。我々の研究グループでは、少ない実験回数で開発目標に到達する有機合成研究の実現を目指し、研究効率の向上と同時に、溶媒や試薬使用量、廃棄物の削減といったGSCの要請に応える研究を展開している。

 触媒反応は、触媒構造、反応条件、基質との相互作用が複雑に絡み合うため、従来は経験に大きく依存した探索が主流であった。これに対し、我々の研究グループでは「キャタリストインフォマティクス」研究を推進し、触媒分子の構造情報や量子化学計算から得られる物理化学量を記述子として数値化し、機械学習により触媒性能を予測する枠組みを構築してきた。LASSOなどの手法を用いることで、膨大な候補変数の中から反応収率に本質的に寄与する因子を自動的に抽出し、限られた実験データ数でも実用的な予測モデルを構築することを可能としてきた2)。さらに、反応収率だけでなく、収率の時間変化から導出した反応初速度そのものを目的変数とするモデルも検討している。反応初速度は触媒活性をより直接的に反映する指標であり、終点収率のみでは捉えにくい触媒間の差異を可視化できる点で重要である3)。また、反応データの分布が偏り回帰モデルの構築が困難な場合には、「反応性が高い/低い」といった分類モデルを用いることで、実験計画に資する形での予測を可能にしている4)。これらの取り組みは、不要な触媒合成や条件検討を回避し、探索型研究を省資源化するための基盤技術である。

 機能性化学品の合成経路そのものの選択も、GSCの観点から極めて重要である。反応工程数、副生成物の有無、危険試薬使用の有無は、環境負荷や安全性に直結する。我々は現在、反応ルールに基づいて逆合成解析を行う合成経路設計プログラムを開発し、多数の候補ルートを機械的に生成した上で、実現可能性の高い経路を効率的に絞り込むことに注力している。有機化学では、基本的な反応ルールの組み合わせのみでも多様な経路が得られる一方、置換基効果や競合反応など、ルールだけでは判断できない要素も少なくない。そこで、遷移状態計算による活性化エネルギー評価も併用し、目的反応と副反応との相対的な有利・不利を定量的に比較することで、候補経路の妥当性も評価している。これにより、闇雲な実験検証を避け、検討すべき経路を初期段階で合理的に絞り込むことが可能となる(図2)5)。合成経路設計と計算化学を融合することで、探索の質を高めつつ、無駄な試行錯誤を削減することができる。

 設計や予測の結果を検証する段階においても、デジタル技術は重要な役割を果たす。我々のグループでは、バッチ式自律的実験システムを構築し、試薬分注、反応、オンライン分析、データ解析を自動的に連携させている。本システムでは1日あたり最大36反応の実施が可能であり、人的作業と比較して大幅な省力化を実現している(図3)6)。また、次に試す反応条件を提案するベイズ最適化を組み込み、少ない試行回数で目標収率に到達できることを示してきた。
 この自動化・自律化システムを実現するためには、実験の再現性確保が不可欠であった。分注量、試料移送、分析手法など、実験プロセスの細部に潜む誤差要因を一つずつ洗い出し、システム仕様を改善することで、安定したデータ取得を可能にしてきた。こうした地道な取り組みが、今後のデータ駆動型有機合成研究を実験室レベルで成立させるための鍵である。

 デジタル駆動化学の本質は、AIや自動化を導入すること自体ではなく、「どの実験を行わずに済ませるか」を合理的に判断し、研究全体の意思決定を高速化・省資源化する点にある。触媒設計、合成経路設計、条件最適化を一体的にデジタルで駆動することで、有機合成研究はより持続可能で再現性の高いものへと進化する。我々の研究グループは今後も、化学とデジタル技術の融合を通じて、有機合成の自動化・自律化を現実の研究現場で機能する形へと発展させ、グリーン・サステイナブルケミストリーの実現に貢献していく考えである。
 本稿で紹介した成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP16010、JPNP19004)によって得られたものです。
 
1) S. Bräse, Digital Discovery, 3, 1923–1932 (2024).
2) A. Yada et al., Chem. Lett. 43, 283–287 (2018).
3) A. Yada et al., Synlett, 32, 1843–1848 (2021).
4) N. Noto et al., Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202219107 (2023).
5) 馬島翔平、矢田陽、渡久平俊樹、正村太一、堀憲次、「DXを活用した化合物合成ルートの効率的な設計」、化学工学会第55回秋季大会、Z307.
6) 熊田佳菜子、「有機合成反応の条件予測システムの構築と自動実験による検証」、第2回AIロボット駆動科学研究会、2024年10月28日
図1 デジタル駆動化学の概要
図2 合成経路設計と実験検証によるルート開通例
図3 バッチ式自立的実験システム