公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)

ニュースレター 93

【GSC話題】CO₂削減の先へ:江守正多教授に聞く、温暖化の真実と「新しいゲーム」の勝ち方


著者:インタビュー記事

■温暖化は暴走しているか?
-世界の年平均気温偏差の経年変化のグラフ(図1)を見ると直近は大きく上昇していますが、世界の気温はこのまま上がり続けるのでしょうか?
 世界の年平均気温は、今年は昨年より下がる見込みです。地球の気温上昇は、まだ暴走しているわけではありません。水蒸気フィードバック([用語解説]図A)は始まっていますが、CO₂濃度が一定値になれば温度上昇は止まり、新たな平衡状態に達します。ただし海の熱慣性があるので、CO₂濃度が一定になってもすぐには温度上昇は止まりません。CO₂濃度を減少させて熱慣性の効果をキャンセルできれば温度は一定になります。そこで1.5℃の温度上昇で止めようというのがパリ協定(2015年)の考え方です。CO₂を含む温室効果ガスの濃度が安定すれば気温は安定化します。これは間違いありません。
-熱慣性による気温上昇はどれくらい続きますか?
 CO₂の増加が止まった後、数十年かけて、0.5℃程度の追加上昇があると考えられます。
-CO₂濃度の増加を止めようと日本の産業界では努力していますが(図2)、実際はまだ増え続けているのですね。
 はい。毎年CO₂濃度は最高値を更新しています(図3)。人間活動による排出量が陸上生態系と海洋による吸収に釣り合うまで減らないと濃度増加は止まりませんから、現在も温室効果ガスの濃度は増え続けています。地球が太陽から受け取る放射エネルギーと地球から宇宙へ放出される赤外線エネルギーのバランスで気温が決まります。温室効果ガスが増えると、放射強制力(Radiative Forcing)が生じるといいますが、放出される赤外線エネルギーが減る方向に働き気温が上がります。

■太陽放射とエアロゾル:気候を動かす別の要因
-最近の気温上昇はCO₂濃度だけでは説明できないという話がありますが?
 最近の2~3年ほどは、CO₂濃度だけでは説明できないのではないかという議論はあります。エアロゾルの減少が放射収支に影響しているのではないか、という見方です。エアロゾルは地球が受け取る日射の量、放射エネルギーに直接作用します([用語解説]図B)。
-エアロゾルはなぜ減っているのでしょうか?
 エアロゾルは主に人間活動による大気汚染物質です。2020年からIMO(国際海事機関)の規制により、船舶の排気ガスがクリーン化され、北太平洋などの航路周辺でエアロゾルが減少しました。その結果、海面に届く日射が増え、近年の気温上昇の一因になっているのではないかという議論が活発になっていますが、その効果の大きさについては諸説あります。
-エアロゾルには冷却効果があるのですか?
 はい。粒子状の大気汚染物質には地球を冷やす効果があります。1950~60年代に世界の平均気温が一時的に低下していますが(図1)、これはエアロゾルの影響が大きいと考えられています。先進国で公害対策が始まる前のことです。ただし大気汚染は人間の健康には直接悪影響があるので、減らしたいですよね。
-日射を遮ることで冷却効果があるのは興味深いですね
 30年以上前から「太陽放射改変」と呼ばれる技術が議論されています。人間の健康に影響がないような成層圏にエアロゾルを散布して日射を遮り温暖化を抑制しようという考えです。
-日傘をさすような発想ですね。このような技術を政策的に進めようとする動きはあるのでしょうか。
 はい。すでに大規模な研究予算がついており、スタートアップ企業も参入しています。英国では太陽光を遮断する実験に相当な予算がついたと聞きます。国際的にも専門家が集まり議論しています。この分野は「ジオエンジニアリング(気候工学)」と呼ばれ、究極の手段として検討されています。ただし、課題はガバナンスです。地球の温度を操作する技術が現実化すると、「誰がちょうどよい地球の温度を決めるのか」が問題になります。ある国にとって望ましい気候が、別の国には災害をもたらすかもしれません。
 また、仮に世界的な協力で温度上昇を抑えられたとしても、CO₂排出削減の努力を続けなければ、技術トラブルや国際的な対立等で散布を中止せざるを得なくなった場合、エアロゾルが急減し、抑えていた温暖化が急激に立ち上がる恐れがあります。これは「ターミネーション・ショック」と呼ばれています。そのため、実施には多くの懸念があり議論も続いています。
-こうした技術を使うとしても、効果が出始めるには時間がかかるのでは?
 いいえ、ある程度即効性があります。CO₂とは違い、エアロゾルの影響は年単位で現れます。火山の噴火による一時的な冷却効果と同じような仕組みで、それを人工的にやるというものです。

■AI時代のエネルギー消費と気候への影響
-AIの急速な普及によるデータセンターの多大な電力消費・廃熱などが気温上昇に影響を与える可能性はありますか?
 もしAI利用の拡大が気候に影響しているとすれば、それはエネルギー消費の増加として現れるはずです。データセンターのエネルギーが火力発電で賄われるならば排熱やCO₂排出は増加します。しかし、現状では火力発電所の新設や再稼働などの話はあまり聞きません。むしろ、メガソーラーや風力発電所等の再生可能エネルギー(再エネ)や原子力を組み合わせて電力を賄おうという動きが強まっています。また、データセンターによるものを含め、人工排熱の効果は地球規模では無視できる程度です。このため、AIが気候に与える影響は今のところ限定的と考えられます。
CO₂を排出しない電源という点での原子力発電の位置づけについて、お考えをお聞かせください
 日本では止まっている原発の再稼働は、住民合意や新規制基準の条件を満たせば経済的合理性があると思います。ただし地域の信頼形成や避難計画など解決すべき課題は残っており、議論は今後も続くと思われます。新設はさらにハードルが高い状況です。
-再エネの導入状況はいかがでしょうか?
 世界全体では再エネの導入が急速に拡大しています。特に太陽光と風力の伸びが著しく、原子力発電を増やす国もあるものの、その増加幅は再エネに比べればわずかです。
 日本でも洋上風力や農地への太陽光発電の設置など、様々な可能性はあります。太陽光は地球の根源的なエネルギー源であり、風力も自然の力です。太陽光発電の発電効率の向上、蓄電技術の進歩等は、非常に重要です。

■研究開発とそれを支える社会の役割
-CO₂を原料とした液体合成燃料の研究についてどうお考えですか?化石燃料を掘り出さず、CO₂を循環させるので既存のインフラを活用できる利点がありますが、最大の課題はコストです。
 グリーン鉄やSAFなどのエコ製品を作ったが高くて買い手がつかないという声をよく耳にしますが、考え方が間違っている気がします。「エコだから買ってくれる人に頼る」モデルでは限界があり普及しません。社会全体の仕組みの中でコストを吸収し、税制や補助金で支える必要があります。研究開発も同様で、社会システム全体として支えることが重要だと考えています。
-技術者は科学的な課題だけでなく、制度的・社会的な壁も乗り越えなければなりませんね。
 その通りだと思います。SAF、グリーン鉄、合成燃料や合成プラスチックといった分野では、将来を見据えて研究開発に取り組まれていると思っています。研究開発し、スケールアップによりコストを下げると思いますが、その過程を支える一定の需要がなければ継続しません。そこを社会全体で協力して支えるしくみが必要だと思います。
 最終的に、日本が石油に依存せず、再エネや蓄電、原子力、グリーン水素、アンモニアなどを組み合わせ、国内のエネルギーを自律的に確保する社会を目指すのであれば、プラスチックはリサイクル材、バイオや合成由来に、燃料も同様に転換するでしょう。そうした社会を実現するための技術は、今から研究開発を進めておく必要があります。「高いけれど作ったから買ってください」ではなく、将来を見据えて技術と市場を共に育てる社会的な仕組みが求められるのだと思います。
-企業が継続できるよう、行政の支援も欠かせませんね。
一方日本は資源が乏しく化石燃料依存の面があり、国際的に「化石賞」を受けることがあります。
 化石賞という不名誉な賞を日本が受け取ることがありますが、実際には多くの国が順番に受け取っており、日本だけが特別に批判されているわけではありません。日本では日本の受賞の時だけ報道されるので、日本人は日本だけが批判されているように勘違いしています。メディアは「日本はもっと頑張れ」という意図で報じているのでしょうが、結果的に誤解を招くこともあります。

■国際的な視点では
-中国はEVや再エネが進んでいる一方で、石炭火力の電力も多いですよね。
 そうですね。ただ中国の電力由来のCO₂排出原単位は、いずれ日本よりも低くなる可能性があります。再エネと原子力の導入が急速に進んでおり、昨年からCO₂排出量が減少傾向にあるという報告も出ています。
-米国はいかがでしょうか。
 バイデン政権時代は米中関係が悪化するなかでも、気候変動だけは協力が必要だとして対話が続いていました。それほど重要な課題だからです。しかし政権が交代し、パリ協定から離脱すると資金拠出が止まり途上国支援など国際的な支援には大きな影響が出ます。一方、国内では州レベルでは取り組みが進んでいます。たとえばテキサス州は化石燃料の産地ですが、再エネ(太陽光、風力)の導入が急速に進んでいます。コストが下がり価格が安定しているという経済的な理由が大きいですね。
-サウジアラビアなどの産油国も資金と土地があり再エネ開発を進めていますね。石油由来の水素はグレー水素ではありますが、研究開発には使えそうです。
 そうですね、サウジなどは日照量も豊富ですし。水素は高価ですが、必要な分野では使っていくべきです。そのうえで、社会全体でコストを支えるしかないと思います。

■VOCと対流圏オゾン-温暖化との関係
-VOC(揮発性有機化合物)と温暖化の関係はどう見ていますか?日本ではVOC排出量は2000年頃から60%減少しましたが、近年はやや頭打ちです
 ご専門の方のほうが詳しいと思いますが、VOCは対流圏(地表から高さ10~16㎞)のオゾンの前駆物質の一つとして作用します。1970-80年代に注目されたフロンによる成層圏のオゾン層破壊とは別の問題ですが、オゾン層問題と温暖化は複雑に関係しています。
 例えば温暖化が進むと成層圏(対流圏より上空50㎞付近まで)が冷えオゾン層の回復が阻害されます。フロンは同時に温室効果ガスでもあり、1989年のモントリオール議定書で国際的に規制され、代替フロン(HFC)へと移行しました。HFCは壊れやすく成層圏には到達しにくいですが、温室効果ガスではあるため規制に追加されました。
 成層圏オゾンは、太陽から紫外線が入りO₂に当たって生成されるいわゆるオゾン層です。対流圏オゾンはNOx、メタン、VOC等の大気汚染物質の化学反応により生成する、いわゆる光化学スモッグであり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価では温室効果ガスとしても扱われます。ただし、メタン以外は京都議定書で規制する温室効果ガスには分類されません。工業プロセスでVOCを削減することは、対流圏オゾンの抑制につながり、温暖化対策にも良い効果をもたらしていると思います。

■温暖化対策は“新しいゲーム”へ――化学の役割を探る
-排出量取引制度(GX-ETS,図4)についてはどう見ていますか?
 排出量取引制度は、基本的には「キャップ・アンド・トレード」の仕組みだと捉えています。企業ごとに排出枠が割り当てられ、必要に応じてオークションなどで追加枠を購入します。割り当てを超えて排出する企業は他社から排出枠を買う必要があり、逆に削減できた企業はその余剰分をクレジットとして売却できます。
 この制度の意義は、経済全体で見たときに、「最も低いコストで達成できる削減から優先的に実施される」点です。自社で削減するより他社から枠を買う方が安価であればそちらを選び、削減した方が低コストの企業は積極的に削減を選ぶ。結果として、同じ削減量を達成する際の社会的コストが最小化されます。これは経済学的な理論に基づいた制度で、適切に運用されれば非常に意義があると考えています。
-国際的な制度統一は可能でしょうか?
 EUや中国でも同様の仕組みが導入されていますが、国際的な統一ルールを作るのは極めて難しい課題です。京都議定書の時代は、国家間の「負担の押し付け合い」でした。自国で排出削減をするとコストがかかるため、できるだけ他国に負担を転嫁したいという雰囲気がありました。
 しかし、パリ協定以降、状況は大きく変わりました。今は「新しいルールの中でどう利益を得るか」というフェーズです。昔のルールの感覚のままでは勝てません。脱炭素という新しいゲームでは、再エネや蓄電池などの分野で、「安価で高性能なものをいかに作り出せるか」が勝負になります。そこに気づかず、昔のルールでプレイし続けているとしたら――それはとても危うい状況です。
日本ではこういう話をすると”中国寄り“だとみられることがありますが、現実として中国が再エネや蓄電池の分野では物量で優位に立ち、レアメタルの精製など環境負荷の高い工程も担うことで市場の支配力を強めてきました。もちろんそこには様々な事情がありますが、結果としてゲームを先に理解したものが勝つ構図になります。
化学産業の技術がこの新しいゲームのカギを握るということですね。本日はありがとうございました。
図1 世界の年平均気温偏差の経年変化  出典;気象庁/世界の変平均気温偏差の経年変化
図3 大気中二酸化炭素の世界平均濃度の経年変化  出典;気象庁/大気中二酸化炭素濃度の経年変化
図4 排出量取引制度  出典;環境省・国内排出量取引制度について
図A 水蒸気フィードバック;大気中のCO₂濃度が増えると地表気温が上昇し、その結果大気中の水蒸気量が増加し、水蒸気の温室効果によりさらに気温が上昇する現象。  出典;地球環境研究センター「温暖化の科学Q9水蒸気の温室効果-ココが知りたい地球温暖化  httpd://www.cger.nies.go.jp/ja
図B 日射と赤外放射とエアロゾル;日射の一部は、エアロゾル等により宇宙空間に反射される。一方、CO₂やメタンなどは、地表面から地球の外に向かう赤外放射を吸収し、再びあらゆる方向に赤外放射を放出する。その中には地表面に向かうものがあり温室効果を引き起こす。  出典;気象庁・日射・赤外放射さらに詳しい知識 https://www.jma.go.jp/jma.kishou/know/env//radiation/know_adv_rad.html#expert