公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)

ニュースレター 93

【研究最前線】鉄非酸化物触媒の設計原理と展開 ―資源制約のない元素を基軸とする次世代触媒科学―


著者:大阪大学 基礎工学研究科 准教授 満留 敬人

I〈はじめに:次世代触媒科学と鉄触媒の課題〉
 近代の化学産業は、性能面で優れた貴金属触媒に強く依存することで発展してきた。貴金属触媒は高い性能を発揮する一方、地政学的リスクや資源偏在に起因する供給の脆弱性、それに伴う価格変動、さらには採掘・精製過程に内在する環境負荷という今後より顕在化する構造的課題を抱えている。こうした課題を背景に、非貴金属触媒への転換が進められてきたものの、その主流は依然としてコバルトやニッケルなどの“レアメタル”にとどまっており、資源・供給面の問題を根本から解消するには至っていない。
 「資源制約のない元素を基軸とする持続可能な触媒科学」を構想するうえで、地球上で最も豊富な金属である鉄は理想的な触媒元素の筆頭に位置づけられる。しかし、鉄触媒の実用はハーバー・ボッシュ法に代表される担持金属鉄(Fe(0))ナノ粒子を触媒とする高温の気相水素化反応にほぼ限られ、より温和で多様な分子を扱う液相水素化反応では、0価の金属鉄ナノ粒子に特有の「低活性」と「酸化失活」がボトルネックとなり、その潜在力が長らく発揮されないままであった。

II〈新たな触媒設計指針:共有結合性鉄非酸化物〉
 一般に、低酸化状態の電子リッチな金属ナノ粒子が水素化反応の活性種となることが知られているが、金属鉄ナノ粒子は、触媒調製工程や反応過程で微量に存在する酸素によって容易に酸化失活してしまう。このトレードオフを解決するため、私たちは鉄と元素Xが共有結合を形成する金属非酸化物(Fe–X)に着目した。鉄(χ = 1.83)との電気陰性度差が小さいXは、鉄から電子を強く引くことなく共有結合を形成する。そのためFe–X結合では電子の偏りが小さく、鉄は電子リッチな状態を保持したまま安定化する。その結果、金属鉄に近い電子状態を維持しつつ、酸化されにくいという特異な性質が得られると考えた。こうした設計コンセプトのもと、私たちはリン(χ = 2.19)に着目し、リン化鉄ナノ粒子触媒の構築に取り組んだ[1]。
II-1リン化鉄ナノ粒子の構造・電子状態
合成したFe₂Pナノ粒子は、電子顕微鏡観察では長さ約30 nm、幅約10 nmのロッド状ナノ構造体であることが確認され、HAADF–STEMによる元素マッピングでは、鉄とリンがナノロッド全体に均一に分布していた(図1a, b)。Fe–P間に形成される共有結合により、鉄は金属鉄に近い電子密度を保持しており、XPSではFe₂Pの結合エネルギーが金属鉄とほぼ同じ位置に観測される(図1c)。一方、大気曝露後も酸化種に起因するシグナルは認められず、大気下で低酸化状態が安定に維持されるという特異な電子状態を示すことが明らかとなった。
II-2 リン化鉄ナノ粒子の触媒特性と展開
TiO2に分散担持させたリン化鉄ナノ粒子(Fe₂P/TiO₂)は、工業的に重要なニトリルの液相水素化において高い触媒活性を示し、1級アミンを選択的に与える(図2a)。金属鉄ナノ粒子(Fe/TiO₂)が同条件下で全く活性を示さないのに対し、Fe₂P/TiO₂は脂肪族・芳香族・複素環ニトリル、さらにはジニトリルに至るまでの広範な基質を一級アミンへと高選択的に変換できる(図2b)。反応後の触媒は大気下で固体として容易に回収でき、高活性を保持したまま再使用可能である(図2c)。これらの結果は、Fe₂P/TiO₂が鉄触媒の根源的制約であった「低活性」と「酸化失活」を同時に克服し、大気安定性・高活性・耐久性を兼ね備えた世界初の鉄触媒であることを明示している。さらに、リン化鉄ナノ粒子の特異な大気安定性は各種金属酸化物担体との複合化を可能にし、その結果、アルデヒド/ケトンの還元的アミノ化[2]や常圧アンモニア合成[3]など多様な反応系への展開が可能となることを実証した。

III〈おわりに〉
本稿では、金属–非金属間の共有結合を利用して鉄の電子状態を安定化させるという、共有結合性非酸化物に基づく新たな触媒設計指針を示した。この概念はリン化鉄で実証されたように、従来の鉄触媒のボトルネックであった低活性と酸化失活を同時に克服し、種々の液相水素化反応において高活性・高耐久性を実現する。さらに本設計原理は、炭化鉄をはじめとする鉄非酸化物[4]や他の非貴金属リン化物[5]にも適用可能であり、共有結合に基づく電子状態制御が非酸化物触媒に通底する汎用的指針となり得ることが明らかになりつつある。今後は、新たな元素選択や結合様式の精密制御を通じて非貴金属触媒群を体系的に創出し、「資源制約のない元素に立脚した触媒科学」を深化させることで、資源自立に資するものづくりへとつなげていきたい。

参考文献
[1] T. Tsuda, M. Sheng, H. Ishikawa, S. Yamazoe, J. Yamasaki, M. Hirayama, S. Yamaguchi, T. Mizugaki, T. Mitsudome, Nat. Commun., 14, 5959 (2023).
[2] T. Tsuda, H. Ishikawa, M. Sheng, M. Hirayama, S. Suganuma, R. Osuga, K. Nakajima, J. N. Kondo, S. Yamaguchi, T. Mizugaki, T. Mitsudome, J. Am. Chem. Soc., 147, 14326 (2025).
[3] R. Maeda, H. Sampei, T. Tsuda, Y. Mizutani, T. Higo, H. Tsuneki, T. Mitsudome, Y. Sekine, Sustain. Energy Fuels, 8, 2087 (2024).
[4] Y. Hirayama, A. Miura, M. Hirayama, H. Nakamura, K. Fujita, H. Kageyama, S. Yamaguchi, T. Mizugaki, T. Mitsudome , Small, 21, 2412217 (2025).
[5] T. Mitsudome, Catalysts, 14, 193 (2024).
図1 リン化鉄ナノ粒子の構造・電子状態
図2 リン化鉄ナノ粒子の触媒特性